ちくわにっき
これを待っていた!本好きのためのバイブルだ!
- 2008-07-01 (火)
- 読書
「速読・多読でビジネス力が高まる!スピード読書術」(宇都出雅巳著)は本好きのためのバイブルである。目次を見るだけでも本好きのツボが刺激されることがお分かりになるだろう。読み終わったとたんに本を読みたくなる。そのあと、もう一度この本を読んでみよう。もっと本を読みたくなるはずだ。
CHAPTER 01 本をツール化する習慣を身につける
CHAPTER 02 情報感度が10倍高まるスピード読書術
CHAPTER 03 読みたい本がすぐに見つかる読書術
CHAPTER 04 対話力を高めるコミュニケーション読書術
CHAPTER 05 論理的思考力が身につくロジカル読書術
CHAPTER 06 発想が豊かに広がるアイディア読書術
CHAPTER 07 どんどん自分を表現できるアウトプット読書
速く読むということは今まで自然にやってきたと思う。もともと速いから速読法も目立った効果が出ない。しかし書かれている内容を理解して意見をもつということは今までできていなかった。多読をしていても実になるものが少ないことに空しさをおぼえていた。
この現実は一晩にして変わってしまった。この本が今までなんとなくやってきた読書に目的をあたえてくれたからだ。読書とは「意識の矢印を本に向けて読み著者と対話する力」と「わからないことを乗り越える力」をつけるためにある。文字数や冊数、読書スピードといったものは、モチベーションをあげるための手段にしかすぎないということに気づいた。
2つの力をつけるためには、本の内容を少しでも理解しようという姿勢を持てるような読書方法に変えていかなければならない。今の自分に足りないのは「わからない」ことを楽しむ(p.160)
力だ。それを重点的に鍛える目的で1冊ごとにじっくり読む方法にシフトすることにした。昨日から以下の手順で読むことに挑戦している。
- 表紙、目次、はじめに、あとがきを読んでキーワードを把握
- 本を眺めているつもりで気楽にしかし集中して読む(1回目)
- 速いスピードで最後まで読んでモヤモヤする部分を感じる(2回目)
- 目的をもち、マインドマップを作って全体像をくっきりさせる
- 三色ボールペンで線を引きながら細かく読む(3回目)
- (オプション:ブログにアウトプットする)
- 飽きるまでじっくりと読む(4回目~)
一冊の本をいろいろな角度から読んでいくこのプロセスはたしかに時間が掛かるし何より忍耐がいる。今までの 10 倍掛かっているかもしれない。しかし以前と異なって手ごたえを感じた。充実感もある。もちろん、読む本によってスタイルはかえてゆく。小説など純粋に面白いと感じたい本は今まで通り読んだほうが楽しいだろうし、フルセットをこなせないと感じるときもあるだろうから、柔軟にいこうと思う。
私がやっている方法は、今まで何となく読書をしてきた人が意識をかえるために有効だと思う。一字一句を這うようにして読むような人は速く読むことに集中する方法が向いているかもしれない。あなたも読書の時間が楽しいと思えるように工夫をこらしてみてはいかがだろうか。
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「察知力」は成功のための必須ツールだ
- 2008-07-01 (火)
- 読書
またもや1月ぶりの更新になってしまった。前から気になっていた中村俊輔「察知力」。今まで持っていた中村選手へのイメージは「職人肌」だが、この本でイメージががらりと変わってしまった。
彼は、どのようなポジションに立っても要求された仕事をこなせるような選手になることを目指している。トルシエ監督の下で悔しい思いを何度もしたときの監督の言葉が中村選手を変えたからだ。
「トルシエ監督に『僕は左サイドはやりたくない、トップ下で勝負したい』と直訴しよう。それで代表から外されても納得ができるし、しょうがない」
そう決意した僕は、当時、F・マリノスの監督であった(オズワルド・)アルディレス監督に相談した。
「ベンチで試合を見ていても得るものは何もない。どんなポジションであっても、先発の11人に選ばれて、グラウンドに立つべきだ」
アルディレス監督の答えはシンプルなものだった。(p.73)
こうして試合に出続けるために磨き続けてきたのが「察知力」なのである。
察知力を身につけるためのポイントを私なりにまとめてみると、以下のようになる。
第一に、他人に対する強い興味をもつということ。ほんの些細なことでも「サッカーノート」に書き出していく。チームメイト、監督、試合などへの観察を怠らない。何が必要であるか、何が足りないかを客観的に把握する。
第二に、自分の持つ「引き出し」を増やしていくこと。ただ増やすばかりでなく、それがいつでも開けられるか、さびていないかを確認するためにチャレンジというものの楽しさがある。
第三に、妥協をせずチャンスを常に活かす姿勢をもつということ。絶好調であるとか絶不調であるという感覚を持ってはいけない。いつどんな場合にも持っている力を出さなければ評価されず試合に出してもらうことができないからだ。
考えてみれば、以上の3つの視点は、ごくあたりまえのことだ。しかし他人に対する強い興味を持つことの重要性について強く認識することは今までなかったかもしれない。非コミュであっても何らかの技術や能力を持っていればなんとかやっていけるという今までの考え方は誤っているのではないかと感じた。われわれはなぜコミュニケーションを必要とするのかということについて、サッカーというスポーツを通した示唆を与えてくれる本である。
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五月病(六月病?)に効く読むクスリはこれだ!
- 2008-06-02 (月)
- 読書
マンネリ化した日常(とこのブログ)に褐を入れるべく、斬新で鮮烈な新刊「成功の五角形で勝利をつかめ」を紹介してみよう。
本書ではまず会社社会の構造について言及している。
ここ最近、若者がすぐ辞めるという問題が多くの本に取り上げられているが、本書においても、会社と学校における人間関係について、三田氏特有の考えを主張している。本書では会社社会について部活にたとえて説明しているけれども、ここで勘違いしてはいけないのは「辞めてはいけない」のではない。「足りない」のだ。ある未開の技術を確立するのに、3年ではダメで10年たってやっとできるものなのだという。
立派なことを成し遂げる人たちは概して体が強い。心身が健康であるかどうかを判断するのには、スポーツ経験を問うのが良いということなのだろう。学歴にしても、ドラゴン桜流にいう「勉強はスポーツだ」ということに関係するのかもしれない。若い頃に勉強をたくさんやった人にも体力があるからだ。
三田氏は本書を通して、まず基盤に体力があって、その上に国語力と数学力があり、さらに理科社会英語というピラミッド構造があるということを伝えようとしているのだと思う。そして、言葉をどのように操ると効果的であるか、教科書を題材にして説いているのだ。
言葉の一つ一つを楽しむのにも、イチオシの一冊である。
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インターネットの危険性に関する議論に欠けているもの
- 2008-06-01 (日)
- ウェブ
小中学生の携帯所持について話題になっている。昔から、無断リンクや掲示板荒らし、出会い系サイト、犯罪予告など、マナーや道徳、生活の安全にかかわる問題について、多くの議論が重ねられてきた。今回も、その積み重ねによって出た結論といえる。
この手の議論に終わりが見えないのには理由がある。インターネットという道具の一番の特徴は何をやるにしてもログが残るということだ。顔が見えずに悪い人と善い人の区別がつきにくいということがインターネットに危険をもたらすわけではない。
顔の見えないコミュニケーションでは真偽のほどを判別できず、本当の気持ちが分からないという意見が間違っているわけではない。たしかに重大な決断をするときは面を対して話し合うほうがよい。しかし、2ちゃんねるやmixiなどといったコミュニケーションツールでは、むしろ本当の気持ちを伝えやすくしている。「痛いニュース」を見ればそれをはっきり感じることができるだろう。
それは、知らなくてもよいことを知ることにもつながる。「あいつはデブでキモい」などと書かれ、本来知るべきではないことを知ってしまうことが、大きな事件につなりかねない。ブログが炎上し閉鎖に追い込まれた人もまた数知れない。
だからといって、どのような情報を見せて見せないという議論が、この問題を解決するわけでもないと思う。情報をどのように発信するべきかという観点が抜けているからだ。
インターネットに限らず、テレビや新聞、本といったメディアについて知ることのできる機会を提供し、メディアの影響力についてよく理解することが、自分の意見を持ち、多様な価値観を認めることがぜひとも必要なのである。
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故人を批判するだけで終わらせてはダメだ
- 2008-05-31 (土)
- ウェブ
フリーアナウンサーである故・川田亜子さん自殺に関して、電撃ネットワークの南部虎弾氏がコメントをブログに書き、非難をよんでいる。
南部さんの言いたいことに共感をおぼえる人がいたとしても、道義的に考えて死人に鞭を打ってはならない。
「ご愁傷様でした!」という発言は名誉毀損の決定的な証拠になるだろう。打たれ強い人間にも弱い部分があるし、打たれ弱い人間にも強い部分がある。自殺だからといって「打たれ弱い」と決めつけるのも良くない。
川田さんの場合は、仕事の行き詰まりが最も大きいと思う。さらに、人間関係の悪化が追い打ちを掛けたに違いない。おそらく孤立していたのだろう。アナウンサーは声がきれいでなければならない等の枠に苦しめられていたのだ。
このような状況は、仮に川田さんが打たれ弱いお嬢様ではなかったとしても起こりうる。思考の枠にはめられ続けるということは、牢屋に入れられ続けているのと同じだ。どんなに強い人でもやがては気力を失っていく。
今にも死を考えている人達に対して、われわれがやるべきことは、その枠を取り去ってやることだ。仕事に対する見方を変えれば状況が改善した可能性がある。他の人より良い声が出せなかったとしても、彼女の個性を引き出せる方法があったはずである。
南部さんは警鐘を鳴らすべきだった。折しも今、硫化水素自殺が連続して起こっている。リングベルを大きく社会に響かせることが、多少なりとも彼女に関わった公人としての努めなのではなかろうか。
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聴覚障害をもつ医師が誕生した
- 2008-05-31 (土)
- 障害者
随分前(といっても1月前)のニュースだが、滋賀医科大学から聴覚障害をもったドクターがうまれたっていうニュースがあった。竹澤公美子さんという人である。「欠格条項」が廃止されてから久しい。明日からは重度の聴覚障害者でも運転免許を取得できるようにもなる。
私も、医師になりたかっただけに、このことは衝撃的だった。けれど勉強そのものがうまく続かないし、体力もあまりないから、情報工学への道を歩んだ。そこで傍らから障害のある人や障害のある人を支えるような支援機器作りを目指そうと思いつつ、相変わらずも怠惰な毎日を送っているところだ。
多くの人の支えによって「便利」が実現し、その積み重ねによって、ほんの少しずつの歩みではあるかもしれないけれど、社会の扉が開かれていくことはとてもうれしい。先人たちの努力によって、今やっていることがほんの少しでも面白いと思えることがとても幸せである。
そこで、今日おすすめしたいのは、日本のろう教育の歩みを綴った「わが指のオーケストラ」だ。大阪府立聾学校長・高橋潔先生のろう教育に対する熱い想いには心を打たれる。パリで音楽をやる夢が叶わずに、聞こえない子らに音楽をと長年活動された人だ。
- わが指のオーケストラ (1) … 戸田一作との出会い
- わが指のオーケストラ (2) … 口話法が広まり始める
- わが指のオーケストラ (3) … 関東大震災におけるろうあ者差別、手話の禁止
- わが指のオーケストラ (4) … 手話を守るために
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後輩たちに伝えたいこと
- 2008-05-30 (金)
- ウェブ
佐世保事件のことで動きがあったらしい。
インターネットやパソコンに依存することで、
視覚情報に頼ってしまって人間関係がうまくつくれなかった…
というなんとも言えず的なあの事件について、
いま思うことを書いてみたいと思う。
リアルだったら、席を譲るとか、見えない親切が大事なんだけど、
ネットの場合は、人への気遣いを相手に見えるように示さなければ、
納得してもらえないんだ。
その上で、見えない親切が評価されるんだよ。
見えない親切をしているサイトはワンランク上なんだ。
裏でこそこそ言ってると、
表で評価されることがどんどんなくなっていくよ。
「あの人、デブだよね」とか書いたからといって、
リンクしてもらったり話題にあげてもらうってことはない。
せいぜい 2 ちゃんねるに晒されて余計に首を絞めることになるんだ。
堂々と書こうよ。
世の中狂ってるとか、絶望に満ちているとか、
それだけではみんなに伝わらないんだ。
どうしたら社会がよくなるか。自分やみんなが幸せになれるか。
目線を外に向けたウェブ日記を書いてほしいんだ。
言論の自由が侵されることになったとしても、
「きょうの天気はいいね」って言う権利は絶対に侵されない。
その言葉ひとつで、世界や日本のどこかで、
ほんの一瞬でもおちついたひとときを過ごせるんだ。
誰かのヒトコトで世の中が変わるかもしれない。
誰かの人生にほんのわずかでも影響をあたえるかもしれない。
画面の向こうで笑ったり涙したりそこには人間のドラマがある。
それがインターネットというものだって私は思うよ。
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平等社会の実現のために必要なこと
- 2008-04-29 (火)
- 障害者
今年、北京オリンピックへの出場を認められなかった義肢のアスリートがいる。オスカー・ピストリウス(21)である。義足ランナーの北京五輪出場認めず(デイリースポーツ,2008年1月14日)という記事によると、義肢を用いると足への負担が健康な足よりも軽く、健常者より有利であると判断されたのだという。
国際陸連は昨年十一月にドイツの大学に依頼し「チーター」と呼ばれる義足の効果について詳細に調査した。材質のチェックや動作解析に加え、ピストリウス自身と5人の一般選手の消費エネルギーを調べた結果、地面から強い反発力を受ける義足で走るピストリウスは、健常者より約25%少ないエネルギーで同じ速度を維持できることなどが分かった。
おそらく50年くらい前の人たちは「障害者が健常者を越える」ということが現実に起こる、ということは考えもしなかった。ところが今は4つあるオリンピックを統合することに希望さえ見出されるようになったのである。われわれは健常者となにをもって同等といえるのだろうか。
たとえば補聴器に会話記憶機能がついて、あとでパソコンで読めるとしたら、「それは hearing な人よりも有利であるといえるだろうか」という問題が発生する。音声認識によるPC要約筆記が高精度で可能になった現在、近い将来実現できることなのだが。既にあるのは「どの程度の音を聞き取っていたか」をログする機能で、調整の参考にされているが、それもある種の競争においては、有利であると考えることができる場合があるかもしれない。
今後は、「同等レベル」である社会の構築と適応が今後の重要なテーマになるだろう。
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ソフトウェア工学ってなんだ?
- 2008-04-28 (月)
- ソフトウェア開発
「小飼弾のアルファギークに逢ってきた」を読了。
この本の何がすごいかというと、表紙からギークのニオイがする。そしてページをパラパラめくると dankogai と geeker がいっぱい。それだけでもお腹一杯なのに、アルファでギークな話題をがっちりつかめること。
あれ?説明になっていないじゃないか…。まあ細かいことは上記リンク先で見てもらうことにして、p.110-111にある 『達人プログラマー』著者 Dave Thomas 氏の発言が特にスゴかった、というのが今回の感想。
Dave ソフトウェアエンジニアというものはありません。少なくともまだないです。どういうことかというと、これ以上削れないところまで削るのがエンジニアリング。これ以上削れないところまで削るということは、どこまで削るとそれが壊れてしまうのかということがわかっていることです。まだソフトウェアに関しては我々はそのレベルには達していないんです。達していないから、まだソフトウェアエンジニアという言葉は嘘である。
弾 じゃあ、我々がやっていることは何て呼んだらいいんでしょう。
dave コーディング。
明快すぎる。「ソフトウェア工学」という分野があって教科書と講義まで用意されたが、「ソフトウェアエンジニア」という職業については今まで思いついたこともなかったし考えたこともなかった。
確かに、システムエンジニアというものはあるに違いない。システムは破綻し崩壊するからだ。そのようなことはソフトウェアではありえない。いくらスパゲッティ・コードになっていようと、論理が破綻していようと、ソフトウェアの形が変わったりなくなったりするわけではないのだ。
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手話通訳の問題を考えたい
- 2008-04-27 (日)
- 障害者
明確なビジョン云々と書いたが、もっと手話通訳者がほしい、気軽に頼めるようにしたい、ということが多くの聴覚障害者の望みだ。そこで「手話通訳」の問題を考えて、「共生」とか「社会参加」というキーワードを具体化させていきたい、と思っている。
今、他大学で手話通訳を受けている人たちは、「休みたいときに休めない」とか、一般の学生の享受しうる代返なんかもってのほかという状況だ。私などは怠惰な学生生活を送らせていただいているというものの、一般大学に行っていたらそれどころではなかったなあとつくづく思うこの頃。
あんなことこんなことを考えながら2年後には現実に押し迫ってくる卒業論文のテーマを今から考えているところだ。
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